普及活動

音楽にしてもスポーツにしても、日本ではまだまだ文化として定着していない。何とか音楽もスポーツの広めていきたいとは思って活動しているのだが。

昨夜は、オペラシティに教え子でありジャズピアニストの山中千尋の応援に行ってきた。千尋は桐朋でクラシックを学び、バークリーに留学してジャズを学んでという道をたどってきた。そして、昨夜の演奏はジャズなのか現代曲なのかクラシックなのかというジャンルはとっくに超えていた。そんなチマチマとジャンル分けなんかやっているから、固定観念をつくり音楽が広まらない。

千尋の演奏は、ただ音楽として聴けばいい。小理屈をひねくり回しているから、単純明快なものまでが屈折してくる。音楽は音楽でいいし、スポーツはスポーツでいいはずである。本質的なことを忘れてすぐに枝葉に飛んで、理屈ばかりを振り回しているから、何か難しいものかなと普通の人は敬遠する。そういう風に仕向けているのが、自称音楽通やスポーツ通という困った人たちである。

音楽でもスポーツでも、まずは自分に合っているかどうか。自分が楽しくなれるかどうかだけでいい。理屈などいらないし、理解などしなくていい。すんなりと楽しめて、面白ければ、それ以上何がいるというのだ。

 

たいした頭でもないのに、何で理屈ばかりが先行しているのか、全く不思議な現象である。単純明快に行こうよ、楽しければいい、面白ければいい、でも深くないとダメだ。この深さが文化である。