楽天的

幕末維新の志士である坂本龍馬は、よく知られているように土佐藩出身である。私も土佐出身で、高校卒業まで土佐に育った。だから、龍馬のことは兄貴みたいに感じて、親しみと尊敬を持ってみてきた。

その龍馬であるが、最後はシャモ鍋を中岡慎太郎と突いているときに刺客に襲われて殺されてしまう。なぜもっと用心しなかったのか、なぜ刀くらい脇に置いておかなかったのかという意見も多い。あの当時、龍馬自身も自分がいろんな方面から狙われていることは十分に自覚していた。それなのに、なぜもっと用心していなかったのかというのが一般の意見である。

そういう意見はごく当然と思うが、龍馬自身はここまで難所をくぐり抜けてきたのだから、自分だけは大丈夫だろうという楽天的な考えを何処かで持っていたのではないだろうか。土佐人には、何処か開けっぴろげな楽天性がある。だから、刺客が飛び込んできたときも、龍馬は「何で」と思い、すぐに対応に移れなかったのではないだろうか。同じ土佐人として、龍馬が殺されたのは残念だが、何となく楽天的やから仕方がないのかなと納得がいく。

土佐人というのは、酒飲みで知られている。昨夜、誰かが飲み過ぎて溝に転げ落ちて死んだということを聞くと、アッパレやないかそこまで飲んだら本望じゃろうと馬鹿にするのではなく褒めさえする土地柄なもので。それも、後ろには四国山脈が控えてその向こうが日本国、前には広々と太平洋が横たわりその向こうはアメリカといって育ってくれば、土佐人は自然と楽天的になろうというもんよ。